はたけに植わる舟

無駄を模索している

私の就職活動とその感想(2020卒)

※この記事は一就活生の主観的な体験談です。

 

 

 これは一人間(新卒文系)の活動を備忘録的に記すのと、せっかくなのでその感想を形にしておこうというやつです。4000字にもならない程度の中身しかありません。

 ステータスにも待遇にも年間休日にもこだわりはなく、最悪フリーターと連呼しながら「やることに興味を見いだせればいいや」くらいの”軸”で動きました。就活をすること自体、体験としてある種の価値がある気がしたので、そんな軸にしてはわりかしまともな活動だったかなと思います。1dayですが3年の夏インターンに始まり、2月からESをシコシコ書いたり、業界研究(が何を指しているのか正直今でもよく分かっていない)や社員訪問などやりがちなことはやったつもりです。ただ、誰かにESを添削してもらったり面接練習をさせてもらったりはしませんでした。生理的に無理でした。あと普通に自分で内省すりゃいいと思った。外出たくないし。

 夏にいった1dayインターンはオリックス。バファローズファンだし、なんだか得体の知れない会社なので説明聞くだけでも面白いかなと思ったから。記憶に残っているのはオリックスが多角的金融サービス業である、ということと私のバイタリティが10段階中2だったことです。バイタリティとはつまり競争力や原動力だと私は思っていますが、インターンで受けた適性検査の結果、それが2であることが分かりました。あれ、本当によくできてますね。感動しました。

 2,3月になって実際にエントリーしたのは主に出版業界でした。読んだことのある出版社の小説編集部門にESを送りました。出版社のESというのは比較的やっかいで、最低でもA4三枚は書かせるし、作文やら写真やらコピーやらで自己アピールしなければなりません。面倒なことこの上なく、結局送ったのは5社だけでした。選考結果は講談社、角川がES落ち、光文社が筆記落ち、集英社が一次面接落ちでした。実は新潮社だけお祈りされていません。これは私が筆記試験をすっぽかしました。マイナビのメール通知を切っていたのが敗因です。ふつうに愚か。申し訳ない。

 出版の志望は宝くじを買ったくらいの気持ちだったので、全敗しましたがこれといって沈むこともありませんでした。落ちたことよりも、他に望んで行きたい業界がない現実に「まずいな」と思っていました。やりたいわけでもない仕事のために努力して「労働をする権利」を勝ち取るだなんてアホくさ、とか思っていたわけです(今でも思っている)。やりたくないことするなら、むしろ頼まれるくらいじゃなきゃおかしくないですか? この感覚が社会で通用しないことは追々学びます。

 3月半ばあたりは適当な企業の選考を受けながら、定期的に就活サイトに潜り込んで面白そうな仕事を探していました。その時、ティンと来たのが海運の外航船員です。これがなかなかにイカした働き方で面白いのですが、語ると長いのでその詳細は割愛します。特殊な資格のいる仕事で、商船学校などを卒業して進むのが常套ですが、大手三社(日本郵船・商船三井・川崎汽船)には自社養成という採用枠があります。私はただの四大を卒業した文系なので、学部不問の自社養成枠をそれぞれ三社で志望しました。それは当時私にとって一筋の光明というくらい目指したい、目指すべき職業になりました。適当に受けた物流やエネルギーなどのようわからん企業は面接で落ちてましたが、「ふつうにいきたくないな」とか思ってたのでさもありなんでしょう。

  船員に必要な資質はどちらかというと理系(英語は別として)なので、不利なことは分かっていました。でも、学部不問で募集しているんだからワンチャンあるだろうと意気込み、いろんな書籍で海運や外航船について調べました。当然三社全ての説明会に参加し、業界の構造や具体的な業務も把握しました。そのうちの一社の社員さんに訪問を引き受けてもらって、選考の下地も作りました。こんな程度ですが、自分にしてはよくやったと思っています。あとは面接で下手をうたないよう準備していくだけ。

 選考が始まってからしばらくは、すごぶる順調でした。三社ともES・筆記はクリアし、残すは5月の短期集中で連打される面接群。いずれも会場は東京なので、5月は計10日くらい東京にいました。さすがは都心、とんでもねえ数の人にまみれて今ではすっかり東京が嫌いです。

 シビアな選考が続きましたが、三社のうち一社は最終選考まで進みました。社員訪問をさせてもらった会社です。あと一つ面接を乗り越えたら、二年後には海の上。これほど面白いことはないなとハイになったものですが、最終面接で私は現実と社会を知ります。

 最終のメンツは5(役員+書記?)対1(私)でした。厳かで重い雰囲気の中、緊張はしましたがせいいっぱい話します。私が英語力をアピールした際だったと思いますが、一人の面接官はそれに対し、「たしかに話すとき手の動きが大きいですね(外国っぽいという意味で)」と笑いました。「全然いいんですが(笑)」と付け加えて。私は「そうかもしれません」とニッコリしながら、この場は何かが違うなと感じました。別の話の流れで面接官2は「この業界に絞ることはリスキーだと思いませんでしたか」と言いました。これは何度か聞かれたことのある質問です。私が本音かつ志望度の高さをアピールする意味でも「他の志望先で嘘はつきたくありませんから、リスクを承知で絞りました」と答えました。すると、偉い人はこう言うのです。

「でも、文系の人にこういうのもアレだけど、嘘も方便って言いますよね」

 アハハそうですねーなんて合わせながら変な汗をかいていました。

 いや、いうほど嘘も方便か? 志望者が嘘ついていたら嫌なのそっちじゃないか? 嘘ついてまで他業界も志望していてほしいのか? おかしくない?ってかなんで笑ってるんですか?

 他には、「あなたは文系ですが大丈夫ですか」とか、「理系科目はどこまで履修しましたか」とかいった質問が多かったように思います。最終まで通しておいてそのレベルの話をされるのはある意味とてもこわかったです。面接を終えて会場を出る頃には「落ちたなこれは」と悟っていました。単純に私の能力不足です。理系ではないことも含めて、私には資質が足りていませんでした。より精確に言うと、「私は御社の期待に応えられる人材ですよとプレゼンする能力」が足りていなかったのだと思います。

 私はほぼ全ての受け答えを本音のままに話してきました。理系の知識が欠けていることを認め、地味でたいしたことのないエピソードを語り、気持ち本位のアピールを重ねました。それが面接官にとっても喜ばしいことであり、面接に意義を与えるための誠意だと考えていました。今でもそれが間違いだとは思っていません。しかし、社会からしてみれば、それに赤点をつけざるを得ないのだと思います。学歴や資格と同じように何かに保証されていないと、仮に嘘だとしても立派な虚像を披露してみせないと、数十分の面接の中では人を評価できない。私は学習能力と意欲さえ伝われば採用の根拠になるだろうと信じていましたが、どうやら本音を過大評価していたみたいです(本音で立派な経歴やエピソードを語れたらよかったのでしょうが)。

 6月、1週間ほど最終落ちのダメージを癒して、将来を考えました。ITでスキルをつけるか、農業もいいな、期間工なんて破天荒じゃん、北海道の旅館もアリか、霊柩車の運転手も面白そうだ。様々な選択肢がありましたが、興味をひくものはどれも新卒でなければやれないことではありませんでしたし、どうしてもやりたいことでもありませんでした。それならば、新卒カードを切って、待遇や休日の面で不満のない職に就いた方がいくらか良い。その仕事を味わってから、不満であればまた考え直せば良い。そう思って、再びライバルの待つ就活戦線に復帰しました。

 「就活は嘘つき大会」なんて耳タコですが、その意味をようやく理解したところです。自分の価値を正しく評価させるために、様々に話を膨らませました。1000%の私です。100%の私では面接官は決断できません。嘘をつくのではありません。採用という大仕事の背中を押す。そういうことなんだと思います。復帰後、私の就職活動は1ヶ月で終わりました。

 これは人がたくさん居て人任せで幸せな社会だからこそ起きることだと思います。私は就職活動中、私を含めた100人だけを残して他の人類は全員死ねと思っていました。そうすればきっと、全員が本音を話す就活になると思います。めちゃくちゃなこと言うなと思われるかもしれませんが、たかが就活で大なり小なり自分を歪曲しなきゃならない社会だってそれなりにめちゃくちゃじゃないですか。もちろんこの話は私の観測した範囲でしかありませんが、初めから”準備”していればあのナメた(主観)最終面接も通過できただろうなと思うと悔しいです。こんなモンスターを生まないためにも、義務教育で「上手な嘘のつきかた及びそのシチュエーション」を事前に教えるべきです。

 ここまで色々並べ立てましたが、書くのも面倒になってきたし、要はこの一言に尽きます。

 

 

 

「競争社会ってほんとヤダ~」

 

でも贅沢は言いたい。

 

以上